コラム

運動だけを教えたいわけではありません。
2026.04.11はじめに
はじめまして。
フィジカルトレーナーの東田です。
これまでnoteでは、
トップスピードや加速、アジリティ/クイックネスといった、
運動の技術的な内容を書いてきました。
ですが今回は、
少しだけ僕自身のことを書いてみようと思います。
どんな実績があるのか、
どんな資格を持っているのか、
そういった話ではありません。
なぜ僕が「才能より順番」と言い続けているのか。
なぜ「いきなり専門に入らなくていい」と伝えているのか。
なぜ親御さんに“安心してほしい”と思っているのか。
その背景にある、
これまでの経験や考え方を、
少しだけお伝えできればと思っています。
正直に言うと、
僕は特別な経歴を持っているわけではありません。
Jリーグのトレーナーに必要とされるような
特別な資格を持っているわけでもありませんし、
国家資格を取得しているわけでもありません。
それでも、ご縁に恵まれ、
オリンピックのメダリストの指導に携わらせていただいたり、
フットサルの全国リーグのチームに帯同させていただいたこともあります。
資格についても、
一般的なトレーナー資格はいくつか取得してきました。
でもそれは、特別なことというより、
目の前の人にちゃんと向き合いたいと思い続けてきた、
その積み重ねだったように感じています。
それでも今こうして、
子どもたちと関わり、
親御さんに向けて発信を続けているのには、
理由があります。
このnoteを読んだあとに、
「この人が言っている“順番”って、そういうことか」
そう感じてもらえたら嬉しいです。
正解を押しつけたいわけではありません。
ただ、
子どもの運動や成長について迷ったとき、
そっと思い出せる“基準”の一つになれたらと思っています。
ここから少しだけ、
僕の考えの土台についてお話しします。
運動だけを教えたいわけではない
少し意外に思われるかもしれませんが、
僕は「運動を上手にすること」だけを
目的にしているわけではありません。
もちろん、
速くなることや強くなることは大切です。
でも、それだけをゴールにはしていません。
僕が本当に大切にしているのは、
・自分で考えること
・できることを丁寧にやること
・なんとなくで終わらせないこと
そして、
その土台にある謙虚さ、素直さ、献身さ、そして感謝の気持ちです。
僕はよく、
「Doer(ドゥーアー)を増やしたい」と言います。
世の中には、
いくつかのタイプがあると思っています。
ただ見ているだけの人。
それを僕は、Watcherと呼んでいます。
一生懸命考えているけれど、
なかなか一歩を踏み出せない人。
それがThinker。
どちらも悪いわけではありません。
でも僕は、
そこからもう一歩踏み出せる子を増やしたい。
実際にやってみる子。
うまくいかないことがあっても、
もう一度やってみる子。
それを、Doerと呼んでいます。
挑戦すれば、きっと失敗もします。
でもその失敗は、
「できなかった経験」ではなく、
次につながる「経験」という財産になります。
見るだけでは手に入らないもの。
考えるだけでは得られないもの。
実際にやってみるからこそ、
新しい気づきが生まれ、
次の質の高い挑戦につながっていく。
僕はそう信じています。
ただ言われたことをやる子ではなく、
自分で意味を持って動ける子。
がむしゃらに頑張るのではなく、
考えながら、選びながら、行動できる子。
そういう子を増やしたいと思っています。
もう一つ、僕が大切にしていることがあります。
それは、
謙虚さ、素直さ、献身さ、そして感謝の気持ちです。
どれだけ技術があっても、
どれだけ能力があっても、
それを伸ばしていくためには、
周りから学ぼうとする姿勢や、
支えてくれている人への感謝が欠かせない。
うまくいかないときに、人のせいにせず、
まずは自分を見つめられること。
できたときに、自分一人の力だと思わないこと。
そういう積み重ねがあってこそ、
本当の意味で力は伸びていくのだと思っています。
だから僕は、
技術だけを教えたいわけではありません。
例えば、コーンを置いて
「この外側を走ってね」と伝えることがあります。
すると、少し内側を走る子がいます。
正直に言えば、
内側を走ったからといって急に足が遅くなるわけではありません。
でも、
「まあ、これくらいでいいか」
その感覚が、どこかで差になります。
できないことをやれとは言いません。
でも、できることを丁寧にやる。
言われたことを、きちんと最後までやり切る。
その積み重ねが、
いざというときの判断や行動に表れると、
僕は思っています。
才能があるかどうかよりも、
できることを丁寧に積み重ねられるかどうか。
目立つ技術よりも、
目立たない土台を、当たり前に続けられるかどうか。
僕はそこを大切にしています。
それを言葉にするなら、
もしかすると「人間力」と呼ばれるものなのかもしれません。
そしてもう一つ。
僕は、
子どもが「自分で考えられるようになること」
をとても大切にしています。
コーチがいないと何もできない子ではなく、
いなくても、自分で判断できる子。
将来、どんな場所に行っても、
自分で考えて、自分で動ける人になってほしい。
運動は、そのための一つの手段だと思っています。
だから僕は、
専門競技を強く押し出すことはしません。
いきなり細かい技術に入ることもしません。
まずは、今できることから。
遠回りに見えるかもしれませんが、
その積み重ねが、あとから効いてくる。
必要なときに、必要な力は伸びていく。
僕はそう思っています。
「頑張った」では通用しなかった19歳の頃
今の考え方は、
最初から持っていたものではありません。
むしろ、
駆け出しの頃はまったく違いました。
「いかに速い選手を作るか」
「いかに強い選手を育てるか」
それがトレーナーの仕事だと思っていました。
実際に、結果を出した選手もいます。
得点王になった選手もいました。
それは嬉しかったですし、
あの頃はそれが正解だと思っていました。
でも、心のどこかで引っかかるものがありました。
きっかけの一つは、19歳のときの出来事です。
フィットネスクラブでインストラクターデビューをしました。
自分なりに準備もして、
「これだけやったから大丈夫だろう」と思って臨んだ初レッスン。
終わったあと、参加してくださった方全員に
「どうでしたか?」と聞いて回りました。
そのとき、常連の方に言われました。
「もうあなたのレッスンには出ない」
正直、悔しかったです。
心の中では
「こんなに準備したのに」
「ちゃんと頑張ったのに」
そう思いました。
でもその瞬間、気づいたことがあります。
自分のものさしで“頑張った”と言っても、
相手のものさしでは足りていないことがある。
自分基準ではなく、
その場に適した基準で物事を見ないといけない。
相手だけではなく、
組織の中での基準や、
社会の中で求められる基準。
その場ごとに変わる、さまざまな“ものさし”。
それを意識できるかどうかで、
見える景色は大きく変わると思っています。
そして、僕自身も変わりました。
レッスン中の表情を観察するようになりました。
少し不安そうな人がいれば、さりげなく声をかける。
初参加の方がスタジオの段差につまずきそうになれば、
すぐに「段差ありますよ」と伝える。
レッスン後の30分の休憩時間は、
シャワーを浴びずに、参加者の方の話を聞く時間にしました。
特別なスキルではありません。
誰でもできることです。
でも、その“誰でもできること”を
どこまで丁寧にやれるか。
そこに差があると、あの頃に学びました。
やがて、
参加者が集まりにくい時間帯のレッスンを
任せてもらうことになりました。
特別なことをしたわけではありません。
でも、続けていくうちに、
そのクラスが満員になるようになりました。
応援してくださる人が、
少しずつ増えていきました。
あの経験があったからこそ、
「できることを丁寧にやる」
「こんくらいでいいかと思わない」
その大切さを、今も伝え続けています。
速さや強さは、もちろん大事です。
でも、それだけでは続かない。
長く続く人には、必ず“向き合い方”があります。
僕はそれを、
運動を通して育てたいと思っています。
専門を持たないという選択
僕は、特定の専門競技を持っていません。
サッカー専門でもなければ、
陸上専門でもありません。
それを弱みだと思われることもあります。
「何の専門なんですか?」
そう聞かれることもあります。
でも僕は、
それをあまり気にしていません。
むしろ、
今は良かったと思っています。
子どもの頃、
僕はとにかくいろんなことをしていました。
鬼ごっこばかりしていた時期もありますし、
夏はソフトボール、冬はサッカー。
卓球もやりましたし、陸上もやりました。
特定の競技だけを、
何年も突き詰めてきたわけではありません。
でも、その“偏らなさ”が、
今の自分を作っていると思っています。
いろんな動きを経験したからこそ、
いろんな競技の子どもたちを、
フラットに見ることができる。
「この競技だからこうあるべき」という考えに、あまり縛られない。
だからこそ、
いきなり専門に入らなくてもいい。
まずは、今できることを丁寧にやること。
そう言い切れるのだと思います。
もちろん、
専門を極めることが悪いわけではありません。
でも、
早ければ早いほどいいとも思っていません。
いろんな動きを経験することは、
体にとっても、心にとっても、財産になります。
僕は、
特定の競技を強くするためのトレーナーではなく、
どんな競技を選んでも、
その子が伸びやすい状態をつくるトレーナーでありたい。
専門を持たないことは、
僕にとっては制限ではなく、
視野を広げてくれるものです。
だから今日も、
一つの競技に偏らずに、
子どもたちと向き合っています。
僕は叱ります。でも、ご家庭は安心の場所であってほしい。
僕は、好かれるコーチになろうとは思っていません。
「楽しいから行く場所」ではなく、
「あとから意味が分かる場所」でありたいと思っています。
だから、
ときには本気で叱ることもあります。
靴が揃っていなければ揃える。
時間になったら切り替える。
落ちているゴミに気づいたら拾う。
どれも、
できなくても生きていけることです。
でも、できることをやらない癖は、
どこかで“まあいいか”につながってしまう。
僕はそこを見逃したくないと思っています。
ただ、その分ご家庭にはお願いがあります。
ご家庭は、安心できる場所であってほしい。
スクールで言われて、
家でも言われてしまうと、
子どもは逃げ場を失ってしまいます。
役割は、分かれていていいと思っています。
僕がスクールで伝える役割なら、
ご家庭では、ほっとできる役割。
叱られた日もあるかもしれません。
でも、家に帰ったら
「大丈夫だよ」と言ってもらえる。
その安心があるから、
子どもはまた次の日、挑戦できます。
親が悪い、という話ではありません。
想っているからこそ、
つい言葉が強くなることもある。
それは自然なことだと思います。
でも、知らなかっただけのことも多い。
役割が分かれるだけで、
子どもの表情は変わります。
僕はスクール生を、
我が子のように本気で向き合っています。
本気で叱りますし、
本気で喜びます。
だからこそ、
ご家庭の存在を信じています。
ご家庭が安心できる場所である限り、
子どもは大きく崩れない。
僕はそう思っています。
おわりに
ここまで読んでいただき、
ありがとうございます。
僕は、
特別な才能を持った子だけが伸びるとは思っていません。
速さや強さは、もちろん大切です。
でもそれ以上に、
今できることを丁寧にやること。
目立たない積み重ねを、
当たり前に続けること。
その力は、きっとあとから効いてくる。
僕はそう信じています。
僕は、運動を通してそれを伝えています。
これまで書いてきた
トップスピード、加速、アジリティ/クイックネスのnoteも、
すべてこの考え方を土台にしています。
技術の前に、土台。
結果の前に、積み重ね。
遠回りに見えるかもしれませんが、
その順番を、僕は大切にしています。
